トコトコダイアリー

主夫日記・いつか子供が読む日記

2026年2月4日水曜日

2026年2月4日水曜日

 

何か月も会費は払ってるのに

ジムに来ていなくて

ようやくきはじめた2月。

 

2回目。

 

朝から久々の幼稚園いきたくない

コールが始まり、久々なので対処法も

忘れちゃってただただ疲れた朝、

どうにか登園できたけど

気持ちも体も重い、というわけで

だらっとするとこ、、、じゃなくて

体を横にはせずに、歩きに来た。

 

とりあえず歩くひたすらに歩く。

ただそれだけ頑張ってみる。

 

11月12月1月と家族の

体調不良の期間が多く

鼻や咳の状態が悪くなったり

妻もインフルに罹患したり

それを娘にはうつさないようにって

セーブする日々にも疲れ

自分も低空飛行な体調が長く続いた。

 

幼稚園の発表イベントには

是が非でも出席させたいから

そこに調整していって一つだけ

どうしても調整できなかったけど

大きいイベントは2つ出席できた。

 

娘の体調不良は必ず鼻腔がやられるので

呼吸が浅くなるのかうまく眠れなくなる、

よって起きる回数が多くなって

自動的にこちらも起こされるという

悪い流れが作られてしまって

長く寝不足が続いてた気がする。

 

ほんと僕の思うようにはいかない、

いま娘に考えてる将来計画も

うまく行かないよねってすでに

弱気になってる。。。

 

体調管理だけ、特に僕が崩れた場合、

全部が終わってしまうので

そこだけは本当に注意して過ごさねば!

 

 

2025年12月12日金曜日

2025年12月12日金曜日

 

心がずっと落ち着かない、

ずっとソワソワしてる感じ、疲れる。

 

悪い気分ではないけど

決して良い気分ではない、

(計画的な)第二子を妊娠してるかも、から、

やはりしていない、いや、分からない、

あ、やはりしていない、とあっちいったり

こっちいったりの日々が続いた。

 

きっと妻は疲れたと思う。

 

どうか妊娠できますようにという気持ちと

もし妊娠できた場合、もう本当に、

僕は思うように働くことができなくなる、

気持ちが揺れる、正しさは第二子を授かることと

決めたはずなのに、それでも心が揺れる。

 

主夫になった、自分は置いた、

仕事も置いた、これでいいと思った、

これでしか成り立たない家族もあると納得した、

だけどこの頃、自分が戻ってくる瞬間が

明らかに増えた、妻には言えない、

それは勉強をしてしまったからかも、

自分の時間を作ってしまったからかも。

そういうことをしたから抑え込んだ感情が

動き出した、そう何もしてはいけなかった。

 

自分時間に生きれば、娘をこうすると決めた

ハードルが下がる、ただでさえキープさえ

大変なのに自分の未来なんて描いてたらダダサガル。

 

だけど娘はなるようになればいいんだと

ここにきてハードルを下げたら

わざわざ僕が娘を育ててきた意味がなくなる。

 

僕はずっと妻にはできないことを意識して

ここまで娘を育ててきたのに、これでは

妻がやっても同じことになる。

 

ふー。

 

僕が娘を連れて行かなきゃいけない。

リードしていかないといけない。

今でしかできないこと、今を逃せば先が長いこと、

だから今にトライしてもらわないといけない。

 

そもそも向いていない、分かってる、

もういい年齢だし、自分を知っている、

それでも妻はきっとそれが正しい形なんだと思っている、

妻は形が好きなんだと思う、向いてないのに。

 

2025年12月1日月曜日

2025年12月1日月曜日

 

昨日、結婚記念日のお祝いとして

銀座で家族ランチをしてきた。

 

娘がドタバタしてたけど

個室だったのでさほど気にすることもなく

美味しいご飯を堪能することができて

とても平和で穏やかな日曜日だった。

 

結婚10周年。とても感慨深い。

 

様々な変化が起きたこの十年、

産まれないと思っていた娘が現れ

辞めないと思っていた会社を離れて

主夫となって全くの異次元世界に

身を置くことになった。

 

妻のことが許せず

憎しみのような感情を抑えられず

溢れた時もあった。

 

夫婦での人生を賭けた戦に

僕はどうしても勝つことができなかった、

勝とうとする術は用意周到に

いくつか用意したのに想像よりも

妻はウワテだったこと、そこに腹を立て

フル装備で立ち向かえばここで

家族はジ・エンド。そうなると感じて、

最後はしまった、置いていかれた

人間の存在をスルーできなくなったから。

 

でも、これは負けたわけではない。

 

そしてそこからは

会社で起きたこともそのままを

話すことはしなくなった、

何が起きたかどういう話し合いがあったか、

妻は今も知ることはない。

 

僕は僕の判断でそれでいいと思った、

歪曲した世界でも虚偽の話でも

辞めるとなったらもうそれはどうでも

いい話だからと判断した、浅く浅く。

 

総じれば、ギリギリの夫婦。

 

この会の終わりに、僕は何か

記念品を買いましょうと提案した。

 

お金は僕が出すということ。

そしてメッセージカードに

その予算100万円とも記載した。

妻は驚いて喜んで会は美しく終了。

 

だけど夜、就寝前に、もう

その金額にも慣れたのか、妻が

「ボーナスも僕に管理されてるし、

ぼったくられてるから」

100万円、嬉しいみたいなことを言った。

 

ぼったくり?ん?なんの話?

よくわからないくだりだったけど

なんとなく笑っておやすみをして

朝になって娘を幼稚園に送り出して

静かにベランダを掃除してる時に

思った、あー結婚してよかった。

 

そう、これでよかった、

こうだったから続けることができた、

頭の中も知識も言葉選びも

全てが低い、そういう人だったから

僕らは続いたの、相手の変化にも

機微にも気づけない人だから

こういう家族の形になって、それ以外は

継続することは本当に不可能だった。

 

結婚するとき触れてほしくない

過去もたくさんあった、

だけどもしこの人じゃなかったら

気づいてしまったと思う、

アンテナがないということにも

改めて感謝すべきことだと思った。

 

100万円とみて、これはどうしたの?

貯金?なに?大丈夫?とか

なんとなく聞かれそうなことは

なんにも聞かれなかった。

 

そうなの、だからこれでよかったの。

完璧とか完全とかそういうものとは

無縁だし、程遠すぎるんだけど

美しさの基準は家族それぞれであって

我が家にとってはこれが美しい。

 

そう思った、結婚11周年目の朝。